諦めが肝心

日本語で「諦める」といえば、一般的に〝願い事が叶わないと察知して想いを断ち切る行為”という意味で使われます。

 

現在、テレビや講演などで幅広く活躍している元陸上オリンピック銅メダリストの為末さん。私は彼の本「諦める力(勝てないのは努力が足りないからじゃない)」を読み、現代の「諦める」という言葉の使われ方と本来の意味が違うことを知りました。

 

「諦」という漢字の語源は、古代インドのサンスクリット語です。

 

そして面白いことに、本来は「つまびらかにする、明らかにする」という意味だったそうなのです。

 

想いを断ち切る、という行為ではなく、願いが叶う・叶わないなどの「理由を明らかにする行為」が本来の意味と知った時、私はハっとしました。

 

それまでネガティブなイメージで捉えていた「諦める」という言葉を、私はこの時から好きになりました。

 

ものごとに行き詰まって前に進めない(ブレイクスルーできない)のは、行き詰まりの理由を明らかにできていない事が第一の原因です。

 

諦めが肝心。

 

道理をわきまえ、道を塞ぐ障害物の正体を明らかにすること。それはあらゆる状況を打破する糸口になるのではないでしょうか。

 

例えば、世の中で起きているあらゆることは追及を止めなければいつか必ず真実に到達できるのかも知れません。

 

しかしそれが今ではなく、ましてや私が解明することでもないということが明らかになった時、それでもまだその道を歩き続けたいと思えるでしょうか。

 

揺るぎない信念や譲れない大義があれば、歩き続けることが出来るかも知れません。

 

しかし恐らくほとんど全ての人は、そこで視点が変わります。視点が変わるとそれまで見えていなかった景色が視界に飛び込んで来ることになります。

 

 新たなルートの入り口は常に側にあります。多くの場合、見ていないか、見ようとしていないだけです。

 

なかなか願いが叶わないことにイラ立ち、後ろ髪を引かれながら想いを断ち切ることは誰にとっても辛く、諦めた自分自身を責めることにも繋がるでしょう。

 

そうではなく、行き詰った時はあえて遠回りするつもりで《私欲》という重い荷物を降ろしてみるのです。

 

一度身軽になってみて、辺りを見回してみることが肝心なのです。

 

結果として違う道を歩くことになったとしても、それは大きな前進です。

 

チャットレディの業界でも、稼ぎたいのに稼げない、という話をよく耳にします。

 

稼げていない、それは女の子の価値がうまく届いていない状態です。

 

持っている価値を放棄する(自分を変える)のではなく、アプローチを変える必要があります。貴女の発信しているイメージは、貴女の価値をうまく表現できていないと考えましょう。

 

私達には、イメージの先にある真の姿を見抜く能力は備わっていません。

 

相手だけ特別にそうした能力が備わっているなんていうことは有り得ません。

 

それは現実ではなくマンガやSF、つまり空想の世界で起きている話です。

 

価値がうまく届いていないとしたら、諦めが肝心です。

 

貴女には価値があります。

 

その価値が届くのを心待ちにしている人が居るということをどうか忘れないで下さい。