しあわせのランプ

今回のブログタイトルは、玉置浩二さんの楽曲タイトルをそのまま拝借しています。

20年前にリリースされた曲らしいです。名曲というのは、年月を経ても色あせないものですね。

1番の歌詞をご紹介します。

 

 

しあわせになるために

生まれてきたんだから

好きな人と一緒にいなさい

 

大切なことなんか

わかってくるんだから

好きなことをやっていきなさい

 

それでもどうしても

やりきれなくなった時は

 

この空を見上げて

やさしかった頃のこと 思って

なつかしくなったら

しあわせだって言って笑っていなさい

 

 

私たちは何のために生まれて来たのか。

 

この単純な問いには明確な答えがあります。

 

幸せになるために生まれて来たのです。

 

しかし、何を幸せと感じるか(基準)、どのくらい幸せと感じるか(強度)は人によって違い過ぎます。

 

しかも、それらは毎日変わって行くので、何をしたら幸せになれるか(方法)を探そうとすると、それは途方もない作業になります。

 

幸せはお金のように計測することもできないので、この思考を続けて行くと必ず、「幸せってのは難しい」という結論に至ります。

 

本当にそうなのでしょうか。

 

もしこれが真実なら、私たちは絶望的な人生を生きることになってしまいます。

 

私は違うと思います。

 

幸せと感じるには必ず「相応の理由」があります。

 

理由は人によって違うはずですが、その理由が多かったり、強い理由を持っている人ほど、幸せを感じていると言えます。

 

つまり私たちが幸せになるためには、「幸せになる方法」ではなく、「幸せである理由」を必死に探す必要がある、ということです。

 

(「幸せになる方法」は誰にも分かりません。もし貴女の周りに「貴女はこうしたら幸せになれます!」という人が居たら100%詐欺師です。気をつけてください。)

 

貴女も私も「幸せになる方法」を知りませんが、実はすでに「幸せである理由」を効率的に増やせる方法を知っています。

 

それは「感謝すること」です。

 

日本ではかつて、八百万(やおよろず)の神様が居ると信じられていました。

 

そして昔の人は、何にでも「ありがたや」と感謝していました。

 

大人とか教科書とか昔の人とかおばあちゃんは、なぜあんなに何でもかんでも感謝させようとしたのでしょうか。

 

その理由がきちんと説明されて来なかったがために、

 

「人に感謝するとその人が見返りに何かくれるから感謝した方が得だ」

 

くらいに理解している人が多くなってしまったのだと思います。

 

その結果

 

「見返りをくれそうな人には感謝する」

 

みたいな、見当違いな使われ方が横行するようになったのだと思います。

 

(お客様は神様だ、みたいな心構えはその最たるものですね。)

 

感謝とはそもそも、「幸せである理由」を増やしまくる行為だったのだと思います。

 

八百万の神様は、私たちを幸せにするための存在だったのだと思います。

 

私たちは一つ感謝するたびに、無意識に「幸せである理由」をストックします。

 

感謝する理由を必死で探しまくることで、「幸せである理由」をストックしまくることで、誰でもゼロ円で幸せになることができることを、昔の人は感覚的に理解していたのかも知れません。

 

これは何も啓発めいた話ではなくて、世の中はそういうロジックになっている、というお話です。

 

私たちは、幸せになるために生まれて来ています。

 

損得の先に幸せはありません。

 

自分を得させるためではなくて、自分を幸せにするために、感謝する理由を探しまくってみてはいかがでしょうか。

 

そして「ありがたや」と言いまくってみてはいかがでしょうか。

 

そうすると段々と、大切な事実に気付いて行くと思います。

 

自分1人では幸せになれない、という事実です。

 

感謝する対象がいなければ、私たちは幸せになれないのです。

 

この事実に気付いた時、仕事は恩返しに変わり、そういう心構えで行う仕事はきっとたくさんの人を幸せにします。

 

だからまず、貴女が幸せになることを目指して欲しいと思います。

 

当店はそのお手伝いがしたいので、貴女から「ありがたや」と言って頂けるようなお店を目指そうと思っています。